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1月 31st, 2014

高松城水攻めの堤防がすぐできたのはなぜか?

岡山の歴史の謎を地盤から考える。その1 高松城水攻めの謎のひとつとして短期間で周囲に堤防がなぜできたのかと言われています。国土地理院の土地条件図を見ますと、足守川は頻繁に流路を変えて流れているのがわかります。また堤防を築堤した付近は、自然堤防であることから、微高地であったと思われます。したがって黒田官兵衛の目の付け所と水攻めの発想が出るところはさすがにすごいと思われます。自然堤防は微高地であり地盤もしっかりとしているので容易に作業できたと思われます。問題は下流の部分の締切ですがこの部分は今も蛭ヶ鼻として築堤跡がありますが、自然堤防ではなく地盤は軟弱で苦労したと思われます。農民に俵に土を詰めて持参させて敷いて盛土したとの記録があるようですが、これは現在の地盤補強の改良工法の原型であります。以上が地盤から考えた高松城水攻めの謎解きであります。あくまでもわたくしの説でありますことをお許しください、